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  • 無住心言術道場第061回

    無住心言術道場第61回「日本の生きる道2025/07/11超大国との貿易協定の締結の目処となる07月19日までの対応」

    無住心剣術の針ヶ谷夕雲先生の公共心の発露で、未だに体調は悪いですが、針屋忠道、突貫します。

    現在日本は、参議院選挙の選挙期間中ですが。

    超大国と日本が貿易協定を締結する準備の期間でもあります。

    では、現在の課題となっている自動車産業を今回は論じます。

    現在は、世界的に、自動車産業では、大きく分けて三つのカテゴリーの商品となる自動車が在ります。

    1、ガソリン・ディーゼル車。

    2、電気自動車。

    3、ハイブリッド車。

    将来的には、水素を用いた燃料電池車、水素エンジン車の可能性も在ります。

    このような世界の自動車産業を取り巻く流れの中に、日本の自動車産業は位置します。

    そして超大国と日本の自動車の関税の課題も在ります。

    「超大国との自動車関税交渉において、日本は自動車を以下の三つのカテゴリーに分け、それぞれに対して異なる関税率を設定する選択肢を検討できます。
    
    1. ガソリン・ディーゼル車  
    2. 電気自動車  
    3. ハイブリッド車  
    
    一方、超大国側は自国の自動車産業における雇用を守る必要があるため、市場内で日本車がどの程度受け入れられるかというシェアの問題が生じます。したがって、各カテゴリーごとに、日本車が超大国の国内市場で許容される割合について明確にしておくことが求められます。」この部分は生成AICopilotさんに校正してもらっている。

    センシティブかつデリケートな問題でもあり、今日は、この辺りで筆を置きましょう。

  • 無住心言術道場第060回

    無住心言術道場第60回「日本の生きる道2025/07/08関税交渉の要点としての品目ごとの総和として国際収支の総額を用いての交渉の試論」

    無住心剣術の針ヶ谷夕雲先生の公共心の発露で、未だに体調は悪いですが、針屋忠道、突貫します。

    まず、超大国が日本に課す関税は25%で8月01日から施行です。

    この期間の間に、日本は、確実に、貿易協定を締結する必要があります。

    現在、日本は7月20日に参議院選挙が在ります。選挙結果が、どのようになるのかは、判りませんが、日本人が、賢明な投票を行う事が望ましい現状です。

    日本は、できるだけ、早く、選挙結果に左右されない形で、貿易協定を締結するべく、今から準備を行うべきです。立法である政治家が選挙で忙しくても、行政である省庁は準備を行う事は出来ます。

    では、本題です。

    超大国は、国際収支の不均衡の是正が目的だと考えられます。

    超大国から、日本は、どのぐらい、輸入量を増やすのかが、焦点になると考えられます。

    この場合、品目ごとに考える必要があります。

    超大国は、日本から輸出品に対して関税の税率を設けることで、対日赤字の削減を目指していると考えられます。

     この場合、品目ごとに考える必要があります。

     ですが、超大国が関税を掛ける品目では、大きく三つのカテゴリーに分ける事が考えられます。

     1、関税で、優先的に輸入品の量を減らしたい品目。

     2、関税で、次に輸入品の量を減らしたい品目。

     3、関税で、マイナーな品目で、あまり優先度が高くない品目。です。

     関税交渉で、超大国側から、日本側に輸入して欲しい品目を聞き出すことや、文章での回答を、お願いするなどの工夫が考えられます。

    「 冷戦終結後のグローバル化した世界において、日本の製造業の中で依然として強い競争力を保っているのは、自動車産業です。
    しかし、超大国にとっては、自国の自動車産業の雇用を守る必要があり、この点において、日米間の自動車産業に関する交渉は難航する可能性があります。

    一方で、自動車以外の品目については、超大国から日本への輸出において、柔軟な輸入拡大が期待できる場合もあると考えられます。

    結果として、

    1. 超大国から日本への各品目の総和としての国際収支の金額
    2. 日本から超大国への各品目の総和としての国際収支の金額

    この両者をおおむね均衡させることが、超大国にとって関税交渉の要点であると考えられます。

    また、超大国以外の国々に対して日本が製品の販路を拡大しようとする場合、中国の「一帯一路」政策との競争が避けられません。
    新興国市場において日本の工業製品が受け入れられるかどうかは、慎重な判断が求められます。

    特に課題となるのは、日本の工業製品が「一帯一路」政策に参加する国々でどの程度受容されるかという点です。
    そのため、超大国との関税交渉においては、いわゆる「迂回輸出」のような形ではなく、新興国市場で直接消費される形での販路確保が、日本企業にとって早急に求められると考えられます。」(生成AIのCopilotさんに、この部分は校正してもらっている)

    センシティブかつデリケートな問題でもあり、今日は、この辺りで筆を置きましょう。

  • 無住心言術道場第059回

    無住心言術道場第59回「文部科学省のカリキュラムの有限性と、苦手な部分の有限性。この事実から今後の統計的なデータの収集と、日本全国での教員や研究者の間でのデータの共有。そして対策を立てて行く流れへの提起」生成AIの力を借りて、尚且つ、日本全国でデータを集めることで、勉強の仕方が判らなかったり、
    挫折している部分を超えていく事を目指す人達への一助として、未だに体調は悪いですが、針屋忠道、突貫します。

     まず、今回の要点は単純です。

     「勉強の仕方が判らない子」の課題とは、勉強を行っても、失敗するからです。

     例えば、学生時代に、化学の化学式が理解できなくて、再び、30歳以降に、化学の化学式の勉強を行っても、上手くいかない場合が考えられます。

     この場合、努力した時間が無駄になります。

     生涯学習や、リカレント教育、リスキリングでは、今後、「再び二度目以降の挫折を経験させずに学習カリキュラムの内容を理解して学習成果を出す」事が必要だと考えられます。

     そんなのは無理だ。と、思う人達も多いと思います。

     ですが、ここで、考えてほしいことは。

     文部科学省が中等教育の終了段階である高等学校までの学習指導要領の中で定めるカリキュラムの範囲は有限ということです。

     つまり、文部科学省が、カリキュラムの改定自体は頻繁に行っても構わないと考えられますが。

     新しいカリキュラムも、含めて、カリキュラムの内容は、各教科ごとに、有限です。

     この理由から、文部科学省が定める、カリキュラムの中で、つまづいたり、苦手になったり、さっぱり判らん、と悲嘆にくれる部分は、有限です。

     要するに、ザックリと判りやすく説明すれば、「高等学校の卒業までの各科目の中で、どこが、つまずいた、間違えたり、理解できないか。その部分の数は決まっている。だから、その部分は、すべて、対策は立てられる。そして理解は可能である」

     と考える事が必要です。

     この、苦手な部分を抽出する作業は、統計的な手法を使います。

     文部科学省が、中心となるべきですが。学習上で、各科目の一年間のカリキュラムの中で、苦手になる部分や、できない部分は、誤答の形で出ます。

     電子化されている場合、簡単に統計は取れます。そして集計である統計から、統計学的なアプローチも可能です。

     ですが、苦手な、部分や、躓きやすい部分、理解できない部分。を学習者に理解させる目的では、つまずきやすい部分や、理解ができない部分が、統計的に出てきた場合。

     教え方を統計から定式化して、各科目の各単元の各部分のマニュアルを文部科学省が作成する試案を提起します。

     1、教科によっては前提となる知識がある場合があります。この場合、前提となる知識がない理由で、理解ができない類型です。

     2、概念としての理解ができない。考え方のが判らない場合です。思考的に苦手な考え方は、あると思います。このような場合では、理解できない場合の類型を作成することが妥当と考えられます。

     3、丸暗記する必要がある部分の丸暗記ができない。これは、丸暗記の訓練を、「100ます計算」や「音読プリント」を行うと良いです。暗記が苦手でも、長期記憶に固定できる自信が付くことは人生で有益と考えられます。

     今回の要点は、単純です。

     「中等教育である高等学校までのカリキュラムは、範囲が有限である。この理由から、間違える場所や、苦手な場所、躓きやすい場所は有限である。学習の指導上の課題となる各教科、各単元、各部分の中で、間違える場所、苦手な場所、躓きやすい場所は有限である。

     この考え方で、今後、文部科学省が主導する形で、中等教育である高等学校までのカリキュラムの中に存在する、間違える場所、苦手な場所、つまづきやすい場所、を統計的に特定し、日本の教育関係者と学生の間でデータとして共有する流れが考えられる。

     共有されたデータである、間違える場所、苦手な場所、つまづきやすい場所、の対策を集めた、データ・ベースを文部科学省が運用を行い。

     たとえば、対策としてのデータ・ベースに

    1、学習者が自発的にデータベースにアクセスする場合。

    2、教育者が、学生にデータ・ベースにアクセスして説明する場合。

     などが考えられる。

     この場合、生成AIを使って、対策を説明してもらう流れも考えられる。

     そして、この際の生成AIが提示する対策と、学習者の質問はデータとして保存しておき。学習のサポート用の生成AIの次世代のデータセットの訓練データや、生成AIがデータベースにアクセスして、対策を論じることも考えられる。

     今後、日本のAI技術の発展で、将来的には国産の生成AIを使うことも可能であると考えられる。

     では、今日は、このあたりで筆をおきましょう。

  • 無住心言術道場第058回

    無住心言術道場第58回「日本の生きる道2025/07/06関税交渉の要点」

    無住心剣術の針ヶ谷夕雲先生の公共心の発露で、未だに体調は悪いですが、針屋忠道、突貫します。

    今日は時間が無いので手短に書きます。

    超大国が関税率を書いた手紙を各国に送るのは明日です。

    今後の見通しとして、

    超大国が、自国の製造業に関して、どのように考えているのかが、日本側の関税交渉では要点になります。

    1、超大国が自国内の製造業を保護して雇用を守る目的としての、高関税政策。この場合、日本だけでは無いと考えられます。

    2、超大国が自国内の製造業を保護して、雇用を守り、尚且つ国際収支をよくする目的としての、高関税政策。この場合、超大国の製造業が、輸出を考える場合が考えられます。この場合、超大国の輸出する製造業の商品と、日本は関税に加えて競争することになります。

    3、超大国が自国内の製造業を保護して、雇用を守り、尚且つ国際収支をよくする目的に加えて、重商主義を採用する場合。この場合、超大国は輸入品には高関税を掛けて、輸出を増やす事を製造業だけでなく、他の業種の品目でも行う可能性が考えられます。

    「日本は現在、経済的に厳しい局面にあります。冷戦終結後のグローバル経済の中で、多くの製造業が新興国との競争に敗れ、国内産業の空洞化が進む中、自動車産業は依然として国際競争力を保ち、日本の輸出と雇用を支える重要な産業となっています。
    特に、日本の自動車産業は、部品メーカー、研究開発機関、物流インフラなどが地域的に集積することで、マイケル・ポーター教授の「クラスター理論」によって説明されるような高度な産業集積を形成しています。こうしたクラスターは、技術革新と生産性向上を促進し、日本経済にとって極めて重要な役割を果たしています。」(この部分は生成AIのCopilot さんに校正してもらっている)

     今後、超大国と日本の関税交渉では、日本から輸出する様々な業種の商品が、超大国の国内市場の中のマーケットシェアで。それぞれの品目で、どのぐらいのシェアのパーセンテージまでが、許容されるのか。この判断が必要だと考えられます。

     具体的には、超大国と日本が行う、具体的な関税交渉の中で。日本が輸出する品目で。超大国のマーケットシェアの中で許容される、パーセンテージを、各品目ごとに聞き出せるのかが焦点です。

    センシティブかつデリケートな問題でもあり、今日は、この辺りで筆を置きましょう。

    追記、手紙が届いた後で、情勢が判明したら書きます。

  • 無住心言術道場第054回

    無住心言術道場第54回「勉強の出来る子と、勉強の出来ない子の神話を越えて」世間に流布する、根拠なき諦観論を打ち砕くため、針屋忠道、突貫します。

     現在の日本社会では、イミフの閉塞感の原因として、勉強が出来ないから、現実逃避して、犯罪に向かう人達が多くいます。

     大部分は雇用の問題で、従来の学校教育では、現在、世界の中の日本で要求される知識や、能力、学力が育たない。結果的に、日本のカリキュラムの改革は遅すぎる形で為されたことになります。

     従来の考え方は、単純な労働者を前提とする、産業革命期から、コンピュータが産業の中で大きな意味を持つ前の、冷戦終結の近くまでは、妥当な考え方です。

    かつては手描きで設計図を作成する技能が重視されていましたが、現在では世界的に、Windowsパソコンやワークステーション上で動作するAutodeskのAutoCADなど、CADソフトによる設計が主流となっています。なかでもAutoCADは業界標準とされており、チームでの設計作業においては、図面の共有や標準化を実現できる点が大きな強みです。

    」(この部分は生成AIのCopilotさんに校正してもらっている)

     AutoCADで作成した設計図のファイルは、デジタル工作機器に入力できます。デジタル工作機器の作業指示を行うCAMソフトウェアもあります。(生成AIのCopilotさんの手順の説明「AutoCAD(設計) → CAMソフト(加工指示作成) → G-code等のNCデータの出力 → 工作機器で実行」)

     このような時代の変化の中で、単純な労働力ではなく、教育期間以降も自発的に、もしくは社会的な要請で、生涯学習や、リカレント教育、リスキリングは、必須となります。

     ですが、日本人では、独自の精神文化で、学校教育以降は勉強はしないという奇妙な日本人らしからぬ風潮が現在では蔓延しています。

     昔の日本人達は、明治維新後に、様々な方法で、自ら創意工夫を行い文明開化のために尽力しました。

     そのような、日本人らしさの美徳が、失われています。

     むしろ、学校教育以降で勉強することは「恥」の様な、言い訳めいた自己弁護のような考え方も散見されます。

     ですが、学校教育以降に勉強しないで、日本社会の発展に寄与できない方が、「恥」であるという単純な、公共精神には思い至っていません。私人レベルの自己撞着と言ったら過言でしょうか。

     それは、学校教育で、一度、挫折したら、そこで終わりという。一種の強迫観念にも似た、冷静に考えればイミフの精神文化です。

     ですが、中等教育の終了までに、ほぼ全科目を仕上げて大学受験を迎えられる人達は、ごく僅かです。

     日本社会に貢献できる優秀な人材が集まる上位以上の大学や医学部などが例外ですが。

     ダメな科目が在っても、大学によっては、大学受験では受かる場合が在ります。

     逆に言えば得意な科目だけで、大学に受かるという考え方です。

     得意じゃない科目が在っても大学に受かって卒業すれば四年制大学を卒業した学士号がもらえます。

     文系三科目で一科目に穴が在っても他の二科目が良ければ受かる場合もあります。そして他の理系科目も含めた科目が全部ダメでも合格はします。

     同様に、理系三科目で一科目に穴が在っても他の二科目が良ければ受かる場合もあります。そして他の文系科目も含めた科目が全部ダメでも合格はします。

     まず、学校教育で挫折を覚える場合、教室の中に、「勉強ができる子」と呼ばれる神話が存在します。ですが、この「勉強ができる子」達が全ての大学進学を行っているのでしょうか?

     ただ単に授業の前に予習や塾通いで事前に知識を得てきて、授業で、正答を得ているだけの人物を見て勝手に挫折して「勉強ができる子」だから、と勘違いしてビビっているだけではないのでしょうか。

     このような、「勉強ができる子」の神話自体は、両親の最終学歴などから作られます。

     大学を卒業をした両親の家庭には、最低でも岩波新書は存在するはずです。そして、それ以上の大学以上のレベルの書籍も、存在するはずです。

    「勉強ができない子」は、先天的な制約がない限り、基本的には「勉強の方法が判らない子」でしかないはずです。先天的な制約がある「勉強ができない子」は、今後、遺伝子を変異型から野生型に戻す治療で「勉強の方法が判らない子」になります。

     生成AI時代は、後天的な、学習である、「家庭の見えない教育資産」と呼ばれる、社会階層移動に有利な、もしくは、上の社会階層に留まる為の、文化的な、知識などの情報や経験で足りない部分は、大部分が、生成AIを使うことで、得ることができます。

     生成AIを使うことで「勉強ができない子」と「勉強ができる子」の間に存在する情報の非対称性を「家庭の見えない教育資産」の観点からは打ち消すことが可能だと考えられます。

     結果的に、「勉強の方法が判らない子」は、公立の学校でも、生成AIを用いて、「家庭の見えない教育資産」の欠けている部分を埋めていくことが可能です。

     前々回に書いたように、努力した分が、ちゃんと成果として受け取れる、教育環境を日本は世界に先駆けて生成AIの使用で整備していくことが必要です。

     このような単純な事すら目隠しされて見えない日本の現状が大問題です。

     「勉強の出来る子」と「勉強が出来ない子」が居るのではありません。「勉強が出来るように見える子」と「勉強の方法が判らない子」がいるだけです。 

     ですが、学問の世界には本物の天才が若い頃から居る場合も多く在ります。それは「勉強ができるように見える子」ではなく、「本物の天才」です。若い頃から人生で行った学問の業績が結果として証明します。これが本物の成果主義です。

     昔の江戸時代の寺小屋では、年齢の制約は無く、向学心だけで、自己研鑽を目的として、学びました。この態度は、現在の生涯学習や、リカレント教育、リスキリングでも同様に必要とされます。

     インドの数学の教育には、現在の日本の問題を解決する可能性を感じています。数学には鉛筆と紙だけあれば良いとの数学者の至言が在りますが。インドでは、ベンも紙も使わず、口頭で、教育をしている場面をテレビ番組で見ました。

     では、今日は、この辺りで筆を置きましょう。

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