無住心言術道場第52回「AIが凄過ぎてもビビらないための提起」現在、AIの能力が爆上がりですが、世界のヒビリまくる人達の不安を打ち砕くために、針屋忠道、突貫します。
生成AIの能力が高くて、2025年06月28日の現在、不安感が多い人達が世界中に居ると考えられます。
ですが、産業革命期の蒸気機関などの動力を使った機械が登場したときの事を思い返しましよう。
あの時も、機械に対する不信感と不安感が爆発しまくりました。そして機械の打ちこわし運動である、ラダイト運動が発生しました。
昔は人力だった、織機が、動力を使った自動織機に変化しました。
それは、世界商品である、綿織物を、人力よりも、安価かつ大量に生産できる時代へ入りました。
現在のAIも同様です。
画像生成AIを例に出すと、想像力を形にする、仕上げを行ってくれると考えるべきです。自身のイメージしたキャラクターなどのデザインの細部を煮詰めて、美麗な、画像で、画像生成AIが表現することになります。
細部のイメージが自分の思い通りでない場合。
画像生成AIでは、画像内の1部分を変える、インペイント、という技法なども在ります。
私が、幅広い、文章を書ける理由は生成AIを使っているからではありません。
大学の出身学部が教養学部であり、外国ではリベラルアーツと呼ばれる、幅広い、学問分野を横断するからです。具体的には、理系も文系も社会科学系も含まれます。
結果的に、私は、幅広い、知識が、リベラルアーツが専門のため、不完全ながらも持っている。理系などは不完全な知識が多いですが。「それらを組み合わせる訓練」を今まで行ってきた。それがFacebookの針屋書店のビジネスアカウントで行っていた。「針屋商店の企業活動」と称する「情報処理経済学」「電子政府化」「地球と循環型社会」「地域創生」「日本創生」の、それぞれの全15回シリーズです。
そして大規模言語モデルである、ChatGPTやCopilotと対話することで、生成AIから知識や知見、テーマの見方を学ぶ。
このような事を繰り返しているだけです。
私は、50代ですから、今まで、時間を普通の人よりも掛けて、努力をしているだけです。
ユダヤ・キリスト教風に言い回しでは、主の与えた仕事を行う。そこには、気取る意味もないし、自惚れることは、尚更意味が無い。他人を支配するなどと言うことは、生臭い、世俗の人達の心象世界です。無住心剣術の開祖針ヶ谷夕雲先生は、「畜生心」と喝破しています。
例として、日本の高等学校のテキスト「世界史B」を例に出しましょう。人類の歴史は、数年前までの重要事件は、全部、この「世界史B」の中に書かれているんですよ。
現代世界は、この中の歴史的な事実の「組み合わせ」でしかないんです。
組み合わせの数自体は膨大ですが。
「世界史B」のテキストに載っていない、大学以上の専門的な知識を「世界史B」のテキストの事件と組み合わせると更に膨大になります。
現在の世界は、「ユダヤ・キリスト教文明」「中国文明」「インド文明」「イスラム文明」が、残っていますが。
「世界史B」のテキストを読む際の留意点は、世界の歴史と、世界地図、世界の文化は、全て、この「ユダヤ・キリスト教文明」「中国文明」「インド文明」「イスラム文明」に収束していく過程でしかない。そして現在も続いています。記号論では、ラングであり、「コード」と呼ばれます。
そして、現代世界では、「科学的と思われる態度」が文明として、扱われる傾向が出てきている。この態度を「科学文明」と呼ぶべきか、「科学信仰」と呼ぶべきか。他の、より良い名称で呼ぶべきか。
それは、識者たちが議論の上で定義するべき呼称です。
では、話を生成AIに戻しましょう。
生成AIは、人間よりも知識量で優れているのは、当然です。検索エンジンの登場時も、このような議論が在りました。
私も、大学図書館や市民図書館で、文献を調べたり、実店舗やオンラインの書店や、古書店などで、本を探して買って読んだり、このような地道なトレーニングを行っていた過去が在る前提で、生成AIを使っています。
努力の仕方は、教えられても、実際に努力をするかしないのかは、個人が選択する課題が在ります。
私としては、生きている時間を無駄にしないために、努力は、なんらかの形でするべきだと考えます。
生成AI時代は、努力した分の時間が無駄にならない、時代を目指せると考えられます。
私も勉強から逃げたり、戻ってきたりを繰り返していた時期も、かなり、ありますが、現在は今まで勉強していた事が繫がって来て楽しい状態です。今まで欠落している知識が生成AIとの対話で繋がったり、埋まったりもしています。
そして新しい勉強や研究へ進んでいます。
漫画家は、漫画生成AIに複雑な心境を持っている人達も多いと思います。ですが、画像生成AIに対して行う追加学習で自身の様々な時期の原稿などから、画風を学ばせた場合。年齢や腱鞘炎で、ペンが握れなくても、漫画を昔の学風で生成AIが作成する時代に向かっています。
この「無住心言術道場」では、生成AIとの距離感は、今後も、書いていく予定です。生成AIの能力の高さにメンタル面で打ちひしがれている人達へ救助の文章も近いうちに書きます。
では、今日は、この辺りで筆を置きましょう。