山田夢幻の呟き007

スカイ「オラ、針屋忠道、早く「国際共生への構造主義社会学」を完成させろ」

針屋忠道「ああん、スカイさん蹴りを入れないでください。あと3回で、15回分のシリーズのパンフレットが完成します」
スカイ「ぐだぐだ言わずに早く書け!」
針屋忠道「判りました」
スカイによって針屋書店の副店長室に、缶詰にされた針屋忠道は、急いで、「国際共生の構造主義社会学」のバンプフレットを完成させる。以下が、その文章である。
「
テーマ「PERT13と教育格差の克服を目指す国際共生への構造主義社会学」
現在、人類の文明は、「人新世」と呼ぶべき歴史区分の時代に入っている。だが、世界では様々な対立や、分断、紛争が続いている。
だが、この全15回のシリーズでは対立の解消を目指すような、大それた事は考えていない。
建設的な方向性での、妥協案に近い形を目指す方法の模索である。
今回の内容は、
1、教育格差を生み出す。ラングの中での、パロールとしての個人間の知識の非対称性。
2、生成AI時代のラングの在り方。
世界各国で、教育が、必要な事は言を俟たない。だが、現実としては、世界各国で教育格差が生じている。この教育格差は、世界的な現象としては、生成AIの登場によって、大きな変容が良い方向でもたらされている。
この現状の中で、教育格差が生じる。国家の中での個人を記号論の視点から概観する。
1、「教育格差を生み出す。ラングの中での、パロールとしての個人間の知識の非対称性」
まず、教育の格差は、個人の人生の中でのパロールの差異である。厳密に個人の能力の優劣を考えずに、能力を比較検討する場合。
全ての個人の教育格差と呼ばれる能力の差異は、個人のパロールの中に存在する。シニフィアンとシニフィエの差異である。
国民国家の主流派の文化であり、言語であり、記号であり、国家の権威、権力を支えるラングに基づく、シニフィアンとシニフィエが、個人の人生の体験の結果としてのパロールのシニフィアンとシニフィエの変容である。
「国民国家の文化そのものと定義される、ラングの中にあるシニフィアンとシニフィエが、個人の経験としてのパロールの中にあるシニフィアンとシニフィエに影響を及ぼし、シーニュの変容は、ラングとパロールの双方向性の中で行われる」(生成AIのChatGPTさんに確認をしている)
教育格差を考えた場合。パロールの集合としてのシニフィアンとシニフィエである、国民国家の文化であるラングは、教育格差が生じる現状の全ての、パロールとしての個人の経験の総和としての定義も可能である。
文系の学生や卒業生が、持っている、パロールとしての知識と、理系の学生や卒業生が持っている、パロールとしての知識は異なる。
家庭間に存在する、教育資産の差によって、教育格差が生じると考える場合。
個人のパロールの中での、シニフィアンとシニフィエの差異であると定義づけが可能である。
このような、教育格差の問題は、生涯変えることのできない個人のパロールの中に存在するシニフィアンとシニフィエとしての問題ではなく。後天的な教育の格差が、個人の人生の中でパロールの中に存在するシシニフィアンとシニフィエとして続くと定義が可能である。
遺伝的な人間の制約を、人間の記号操作能力、文化創造能力、言語使用能力としての、ランガージュから考えた場合。全ての教育は後天的な、国民国家の文化であるラングであると定義を行う場合。個人の教育内容としてのパロールの中に含まれるシニフィアンとシニフィエは、後天的に変容は可能である。
この定義は、学業を行うことを前提とする、学生の時期以降の個人のパロールの変容が、国民国家の文化であるラングのシニフィアンとシニフィエの変容に基づいて可能になると考えられる。
2、「生成AI時代のラングの在り方」
だが、現在は、大きな時代の変化が生じている。
大規模言語モデルと呼ばれる、生成AIの人類史への登場である。
結果的に、生成AIの登場以降の現在。教育格差は、従来の悲観的な、個人のパロールの中のシニフィアンとシニフィエに対する変容が人生の中で行えず、ネガティブな個人的な人生での体験を越える事が可能になっている。
従来の、国民国家の文化であるラングが目指す教育格差の是正を目的とした、シニフィアンとシニフィエの変容としてのリカレント教育、生涯学習、リスキリングは、高尚な理念と、産業社会の要請の両側面を持ちながら、広く受容されない難点を抱えていると考えられる。
この国民国家の文化であるラングが、個人の人生であるパロールの中の、シニフィアンとシニフィエの変容としての、教育格差の是正は、生成AIの使用によって可能になると考えられる。
現在、大規模言語モデルの生成AIは能力が上がり続けている。
この現在の状況の中で、パロールとしての個人の中に存在するシニフィアンとシニフィエの変容は、生成AIを用いた学習により可能であると肯定的に解決が可能である。
具体的な、生成AIを用いた、学習方法に関しては、この小論では扱わない。
だが、従来の悲観的な視点での、家庭間に存在する、教育資産の差、と呼ばれるネガティブな現象としてのパロールは、確実に、ポジティブな方向でのシニフィアンとシニフィエの変容が生じることが可能になる時代が訪れたと考えるべきである。
「PERT14と国際共生の限界と、国家、民族、集団の現代的な復権のムーブメントと国際共生への構造主義社会学」です。
この「国際共生への構造主義社会学○○回 」の文章は全て、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスのCC BY です。「CC BYの条件:原著作者の表示(BY)を条件に、作品の利用、改変、商用利用が許可」。原著者:針屋忠道、Copilot,ChatGPT。
」
「
テーマ「PERT14と国際共生の限界と、国家、民族、集団の現代的な復権のムーブメントと国際共生への構造主義社会学」
現在、人類の文明は、「人新世」と呼ぶべき歴史区分の時代に入っている。だが、世界では様々な対立や、分断、紛争が続いている。
だが、この全15回のシリーズでは対立の解消を目指すような、大それた事は考えていない。
建設的な方向性での、妥協案に近い形を目指す方法の模索である。
今回の内容は、
1、国際共生の限界。
2、国家、民族、集団の現代的な復権のムーブメント。
2025年08月31日の現在。人類の普遍的な認識能力であるランガージュ的な価値観(生成AIのCopilotさんの評価では一定の妥当性)と考えられていた、国際共生、グローバル化の潮流から、国家、民族、集団の、国民国家の文化や、民族文化、集団の文化であり、国民国家の文化であるラングに復権が生じている状態である。
1、「国際共生の限界」
現在の国際共生の限界が、なぜ生じたのか。この問題は、歴史学的、政治学的、経済学的、などの思考のプロセスの他に、この小論では、記号論に基づく、思考のプロセスによる視座を提供することを目的とする。
国際共生や、グローバル化と呼ばれていた、21世紀の現在の2025年まで続く思考的な枠組みは。人類の普遍的な認識能力であるランガージュと、国民国家の文化であるラングの混同と同一視の状態が、世界各国の国民国家の文化であるラングの中で生じていた可能性を指摘する。
全ての人間は、国民国家の文化であるラングを通して、個人の人生の経験であるパロールを形成していく。
この国民国家の文化であるラングと、国民国家の成員である個人の内面であるパロールは、相互に変容を促す。
1-1、ラングのシニフィアンとシニフィエから、パロールのシニフィアンとシニフィエの変容を促す。
1-2、パロールのシニフィアンとシニフィエから、ラングのシニフィアンとシニフィエの変容を促す。
この通常の国民国家の文化の内部で行われる。ラングとパロール間のシニフィアンとシニフィエの変容に、国際共生、グローバル化が、人類の普遍的な認識能力であるランガージュであると考えられた結果として、外国の文化であるラングが無批判に当該国民国家のラングに流入される。
結果的には、世界的に、人類の普遍的な認識能力であるランガージュのように一見すると見える、外国の文化のコードを持ったラングが、世界各国に流入する結果となる。
この結果、世界各国の、国民国家の文化であるラングは、著しく、社会秩序を維持するための機能に、支障を来す可能性が指摘可能である。
自国の国民国家の文化であるラングに対して、外国から流入する外国の文化のコードを伴ったラングの流入の類型を定義する。
1-3、国民国家の文化であるラングのシニフィアンとシニフィエの変容を、外国の文化であるラングがもたらす。
1-4、国民国家の構成員の個人的な人生の経験であるパロールのシニフィアンとシニフィエの変容を、外国の文化であるラングがもたらす。
1-5国民国家の文化であるラングのシニフィアンとシニフィエの変容を、外国の文化であるラングの伝播を行う外国人のパロールがもたらす。
1-6、国民国家の構成員の個人的な人生の経験であるパロールのシニフィアンとシニフィエの変容を、外国の文化であるラングの伝播を行う外国人のパロールがもたらす。
現在の世界の混乱状況は、 人類の普遍的な認識能力であるランガージュ的な価値観と考えられていた、国際共生、グローバル化の潮流が、世界各国の国民国家の文化を成立させるラングに破壊的なダメージを与えた事が、限界であると考えられる。
2、「国家、民族、集団の現代的な復権のムーブメント」
グローバル化の潮流が、世界各国の国民国家の文化を成立させるラングに破壊的なダメージを与えた結果。現代起きている世界的な国家、民族、集団の、現代的な復権のムーブメントが生じていると考えられる。なぜ、人類の普遍的な認識能力であるランガージュ的な国際共生、グローバル化が否定的に解釈される現代の潮流が起きたのか。
人間の全ての認識能力は言語に基づく。この言語は、記号であり、国民国家の文化であるラングである。このラングに、人類の普遍的な認識能力に基づくと解釈される、ランガージュ的な外国の文化が流入する。
一見するとランガージュ的な人類の普遍的な認識能力に基づくように見えるが、外国から流入する時点で、異なる国民国家の文化であるラングの影響を受けている。具体的には異なる国民国家の文化であるラングのコードが含まれている。結果的に、国民国家の文化であるラングの破壊が生じる。このラングの破壊に対して、
「
同じ、人類の普遍的な認識能力に一見すると見える、シーニュである、シニフィアンとシニフィエは、異なる国民国家の成員である外国人が、当該国民国家の文化であるラングに対して、シニフィアンとシニフィエの変容を迫る場合。同じシニフィアンとしての表現である概念「平和」であっても、異なる外国の国民国家のラングが解釈する、意味であるシニフィエでは、表現は同じ「平和」であっても、異なる文化的な背景を、異なる国民国家のラングに基づき持っていると指摘が可能である。」(この部分は、生成AIのChatGPTさんに妥当性の検証を行ってもらっている)
新約聖書と旧約聖書が普遍を証明する。ユダヤ・キリスト教徒である私は、こう考える。
「PERT15ラングの否定からラングの復権としての現代世界と我々人類。そして国際共生への構造主義社会学」です。
この「国際共生への構造主義社会学○○回 」の文章は全て、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスのCC BY です。「CC BYの条件:原著作者の表示(BY)を条件に、作品の利用、改変、商用利用が許可」。原著者:針屋忠道、Copilot,ChatGPT。
」
「
テーマ「PERT15ラングの否定からラングの復権としての現代世界と我々人類。そして国際共生への構造主義社会学」
現在、人類の文明は、「人新世」と呼ぶべき歴史区分の時代に入っている。だが、世界では様々な対立や、分断、紛争が続いている。
だが、この全15回のシリーズでは対立の解消を目指すような、大それた事は考えていない。
建設的な方向性での、妥協案に近い形を目指す方法の模索である。
掉尾となる今回の内容は、現代世界で起きている、ラングの否定からラングの復権の動きを考える。
1、国民国家の文化であるラングの復権の現状。
2、国民国家の文化であるラングを肯定しながら、どのように、国民国家の文化であるラングのシーニュの差異に基づく対立から生じる紛争と我々人類は向かい合うべきか。
今回の内容は、前回の続きとなる。
1、「国民国家の文化であるラングの復権の現状」
国民国家の文化であるラングの復権は、現在の2025年では、避けようの無い現実である。
だが、この国民国家の文化であるラングの復権が生じる現在。
どのように、現在の世界各国の国民国家の文化であるラングが、存在し続けるのか。
当該国民国家の文化であるラングが、異なる外国の国民国家の文化であるラングに飲み込まれる現象は、人類史の過去から現在に至るまで続く世界史的な歴史的流れである。
この流れを避けようとしてきた、冷戦終結後の国際共生、グローバル化の流れは、思考的な枠組みの提供を行ってきた。
だが、国際共生、グローバル化は、一見すると人類の普遍的な認識能力であるランガージュに見える、価値観に支えられていたと考えられる。
だが、前回に述べたように、同じ、「平和」という名詞のシーニュは、世界各国の国民国家の文化であるラングでは異なる「表現であるシニフィアン」と、「意味であるシニフィエ」を歴史的な背景と共に持つ。
形相は、煩雑になるので論じない(生成AIのCopilotさんからも形相(フォルム)は使わないほうが良いとの判断を受けている)。
この結果、世界各国の国民国家の文化であるラングの中のシーニュの差異が、通時態的な視点の中での、共時態の現在である、2025年08月31の現在では、表面化していると考えられる。
結果的に、国民国家の文化であるラングの復権と共に、国際的な紛争が、国民国家の文化であるラングの中のシーニュの差異に基づく対立が生じている。
2、「国民国家の文化であるラングを肯定しながら、どのように、国民国家の文化であるラングのシーニュの差異に基づく対立から生じる紛争と我々人類は向かい合うべきか」
私が提示できる要点は現状では限られている。
2-1、国民国家の文化であるラングの否定から現在の状況が生じている。
2-2、国民国家の文化であるラングを否定せずに、国際共生を目指す。
2-3、現在生じている、グローバル化というシーニュの限界を、世界各国の国民国家の個人単位であるパロールの中のシーニュのレベルで理解する。
今回の要点は、答えが出せない点が要点です。
現在進行している、世界各国の国民国家のラングの復権としての動きを、否定することは、国民国家の文化であるラングを、限定的に、もしくは全面的に否定する結果に繋がると考えられます。
この現在の状況の中で、国際共生を人類が、どのように行うのかが、課題です。
グローバル化という表現であるシニフィアンは、現在、好意的な解釈のパロールのシニフィエである意味と、否定的な解釈のパロールのシニフィエである意味に、世界を構成する人類の中で分断されている現状があると考えられます。
ここに、「国際共生への構造主義社会学」の全15回シリーズを一旦終えます。
2025年08月31日、 針屋忠道
この「国際共生への構造主義社会学○○回 」の文章は全て、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスのCC BY です。「CC BYの条件:原著作者の表示(BY)を条件に、作品の利用、改変、商用利用が許可」。原著者:針屋忠道、Copilot,ChatGPT。
」
針屋忠道「完成しました。どうでしょうか?」
スカイ「針屋忠道。なんで最後の15回の文章量が少ないんだ。手抜きか?」
針屋忠道「滅相もございません。では、完成した「国際共生への構造主義社会学」パンフレットの作成に入りまする。一冊の美麗な画像生成AIが描いてくださる表紙付きの電子書籍に編集します」
スカイ「早く、針屋書店の、電子書籍の有料版が買えるようにしろよ」
針屋忠道「それには、色々と事情があるんですよ」
スカイ「オラ、言い訳するな」
針屋忠道「ああん、スカイさん蹴りを入れないでください。誰が、このような御無体な事を命じたのですか」

山田夢幻「それは、私だ、針屋忠道。低能で、無能な、お前は、あまりに遅筆が過ぎる。だからスカイ君に缶詰にさせて書かせた。こういう経緯が在ったのである。ん?;レイナ君どうしたんだ」

レイナ「犬人間さん。UFO動画に関して、お尋ねしたいことがあります」