無住心言術道場第50回「キリスト者の日本人として、私が、どのように他の宗教を考えるべきか」キリスト者の使命を思い出し、信仰心と共に、針屋忠道、突貫します。
まず、日本人は、基本的にキリスト教が嫌いです。理由は、日本の宗教は原則的には、神道も、仏教も天皇陛下の権威を必要としますが。
キリスト教は野良キリスト教徒のように自然発生します。
ですが、キリスト教徒針屋忠道。今回は、敢えて地雷を踏みまくりながらも、キリスト教徒の無害性を理解してもらうために論陣を張る所存であります。
まず、神道の人達へ。新約聖書では、使徒言行録の中で、パウロが当時のローマ帝国のギリシャのアテネに行く実話が在ります。ここで重要なのは、パウロが、アテネ市民に「あなたがたが知らずに拝んでいる神、それをわたしはお知らせしましょう」と語る重要な場面があります。(この部分は生成AIのCopilotさんに校正を受けている)。
八百万の神々を信じる日本人の神道の人達ならば、判るでしょう。この「知らずに拝んでいる神」が、ユダヤ・キリスト教の神(God)です。
ですが、このユダヤ・キリスト教の神は、創造主としてすべてを超越する存在であり、他の神々と比較されるものではない。この理由から神々の位階は存在しません。神々の序列を当てはめることは不可能です。全てを作った方です。具体的には、天使も、悪魔も、多神教の全ての神々も、そして神道の神々も、この御方が作った。と、考えれば、そのスケールの大きさが、判るでしょう。
天皇制の権威の庇護を受けた、イギリスの国教会の様なプロテスタント系の団体ができる事で、日本にキリスト教が受け入れられる日が来ることを、私としては、望んでいます。
仏教の人達へ。一番良いもの。偉大なモノを考えた場合。仏教の人達の答えは明確です。
主と、ユダヤ・キリスト教では呼んでいます。
ですが、ユダヤ・キリスト教では、永遠の救済と、永遠の罰が在ります。この場合、私は、永遠の罰から逃れるために、キリスト者として信仰の道に生きているだけになります。そして永遠の救済を目指している。
この意味では、インド文明の、生まれ変わりの輪廻転生とは大きく異なります。インド人は数学が得意です。
ユダヤ・キリスト教の主を、インド人が数学的に証明してくれる事を期待します。ヴィシュヌの時間よりは短いと思います。
主への回心が出来たことの喜びと共に、では、今日は、この辺りで筆を置きましよう。